日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。南青山のとあるレストランを訪れたマッシ、故郷ピエモンテとの意外なめぐり逢いに思わず......!?
南青山の静かな路地裏に足を運ぶと、不思議な世界に飛ばされたような旅が始まる。迷路のような建物の間の道路をワクワクしながら進んでいくと、フレンチのようなイタリアンのような「アヴィ・ド・ヴァンフォール」のレストランにたどり着いた。1階にはガラス張りの窓があり、温かくも非常に心地よい光を放っていた。その周りは小さな中庭に囲まれていて、中の様子は少ししか見えないけど、かえって想像力を掻き立てられた。
アヴィ・ド・ヴァンフォールはビルの一階。大通りから一本、中に入った閑静な通りに面している。
一緒に訪れた日本人の友人も初訪問だった。緊張しながらドアを開けると、入り口からお店の内装が見える。その雰囲気を見ただけで、なぜか恋しさを感じた。薄暗い空間、オープンキッチン、カウンター席、ワインセラー、料理の香りなど、ピエモンテの思い出がまるで昨日のことのように蘇ってくる。一見、メニューはごくシンプルだ。でも、いざ料理をいくつか頼んでみたら、内側から感情が竜巻のように湧き上がってきた。
テーブル席から撮影したワインセラー。フランス、イタリアを中心にインポーター・テラヴェールが輸入したさまざまな生産者のワインが揃う。
ピエモンテ人にとって「シンプルなメニュー」というのは料理への最大級の褒め言葉だ。自然にある食材をそのまま活かして、シェフの静かな技術と土地への深い敬意が寄り添うことで生まれる特別感。今回味わったさまざまな料理は、特別に作ってもらったアートのようだった。その料理から生まれる喜び、友人との関係も深まった結果、途中から日本人の友人がまるでピエモンテ人に変身したように思えて、忘れられない夜にしてくれた。
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早速、あの素晴らしいディナーを振り返りたいと思う。まず、席に辿り着いて思わず笑みがあふれた理由は、マットにレストランのおしゃれなステッカーが置いてあったからだ。ステッカー好きな僕は、新たなコレクションが増えたことをうれしく思った。興奮している僕を、安心感のあるソムリエが優しく見守っていた。
まずはグラスの白ワインで暑さを忘れよう! 南イタリア・カンパーニャ州のグレコ・ディ・トゥーフォで乾杯。
ディナーは、イワシのマリネと柑橘のサラダの前菜に合わせたカンパーニャ州のグレコ・ディ・トゥーフォ(Greco di Tufo)という白ワインのグラスからスタート。
柑橘とイワシ、ウイキョウのサラダ。夏にぴったりの涼やかな味わい。
ソムリエに「実は僕はピエモンテ人だよ」と伝えると、ピリッとした微発泡の赤ワイン、バルベーラ1本が加わって、友人とふたり、すっかりピエモンテらしい雰囲気に浸ることができた。ピエモンテとワインの話をして楽しい時間が続いている中、日本人シェフが僕の方へ向き直ると、ひと言だけ言った。その言葉の衝撃に、僕の目には思わず涙が滲んでいた。
微発泡のバルベーラ! 「少し冷やしてお持ちしました」と田村理宏ソムリエ。魚を使ったアラビアータからメインの豚肉まで、温度の変化でワインの表情も変わる!
なんと、シェフは僕の地元であるカザーレ・モンフェッラートで数年間、働いていたそう! この話を聞いた後に、微発泡のバルベーラとアラビアータへ。その組み合わせは、僕にとって未知の扉を開いてくれるかのようだった。
ハモ(鱧)のアラビアータ。弾力のあるハモの食感、トマトの甘味と酸味、しっかり効いたニンニクの香りがたまらない。
トマトの瑞々しさ、ワインの繊細な泡、そして心弾む会話。そのすべてが、食を楽しみ語り合うという喜びを改めて僕に教えてくれた。このアラビアータはいつもより優しいアクセントで、パスタとソースの間に魚の爽やかさが隠れていた。おもしろい組み合わせの発想で、しかも、微発泡のバルベーラとアラビアータが最高の仲間であることが口から伝わってきた。
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会話を楽しみ、笑い合っているうちに、メインディッシュの豚肉料理が運ばれてきた。友人との会話だけではなく、ソムリエとシェフとの会話も料理の隙間に挟んで、アットホームな空間がますますピエモンテらしくなっていた。ピエモンテはフランス国境沿いという位置でフランスの影響が見え隠れしている。ここ、アヴィ・ド・ヴァンフォールの素晴らしい料理のように、フランスとピエモンテのふたつを融合させるといい仲間になる。
金華豚とアスパラソヴァージュのソテー。肉汁と食感、旨味にバルベーラを合わせると、そこはもうピエモンテ。
厚めにスライスされた豚肉の下には旬の緑野菜がたっぷりと敷かれていて、肉のジューシーさと野菜のフレッシュさを一緒に楽しめる、食欲をそそるメインディッシュだった。ハード系のパンと組み合わせて楽しんでいる僕の前で、バルベーラが料理の案内をしてくれているような気分になった。
締めはバルベーラのグラッパで。
これ以上の料理と楽しさがないと思いきや、ピエモンテ人に欠かせないバルベーラのグラッパが、濃厚なバスク風チーズケーキと共に挨拶しにきてくれたのだ。バルベーラのグラッパとチーズケーキの甘さが合う理由は、グラッパの辛口で熟成感がある味わいとチーズケーキの少し酸味のある甘さがマッチするから。このグラッパは長く続く力強い後味が特徴で、オーク樽で熟成されている。
ピエモンテにない、東京・青山の洗練されたスカイライン。 そして、青山にいることを忘れさせる、静かな路地裏に流れるピエモンテのゆったりとした空間。
そして最後にエスプレッソも忘れずに。
モダンな建物の中で素晴らしい時間を過ごし、感謝を込めて「ご馳走様でした」と口にした瞬間、まるで魔法にかかったようだった。 さっきまでいたあの空間が、建物ごと、北イタリアの美しい記憶をすべて詰め込んだ「宝石箱」のように輝いて見えた。
懐かしくて、温かい。この気持ちは何だろう。 そう思う間もなく僕の心は自然と「里帰りしたんだ」と呟いていた。ここは、僕の心を遠い故郷へと連れて行ってくれる、僕だけの隠れ家だ。
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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