アートを愛でる香港旅 新しい香港の顔! アジアの現代美術館「M+」へ。

 

コロナ禍での閉塞感が緩まったいま、新しい景色や体験を求めて旅に出たいなら、次の旅先を決めるときにぜひ知ってほしいのが、アートが香港の新たな魅力になっていること。香港は2013年から毎年、世界最大級のコンテンポラリーアート・フェアである「アートバーゼル」の開催地となって以来、アジア最大のアートハブとして発展し、香港は世界のアート関係者が集う街になった。

そして20年以上の歳月をかけて準備が進められていた超大型文化プロジェクト「西九龍文化地区」が発動し、2021年から世界クラスの美術館が次々とオープン。

もちろん地元に伝わる極上の広東料理に加えて、世界中から意欲あふれるシェフや素晴らしい食材が集結する、国際的な美食の街という魅力は、ますます強まるばかり。

香港が大好きなリピーターも、いままで足を踏み入れたことがない方も、知的好奇心を刺激する一流のアートと世界最先端の美食や観光を楽しむ、香港への旅に出かけませんか。

この連載では6回にわたり、いま香港で楽しみたいアートの見どころを中心に、その周辺にある注目の美食店や観光スポットをご紹介!

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新しい香港の顔! アジアの現代美術館「M+」へ

今回ご紹介したいのは、香港の新しい顔となった、視覚文化に特化した世界的な現代美術館「M+(エムプラス)」。日本も含めてアジアでは、美術館と言えば西洋と自国の美術のみを扱うというのが一般的で、アジア他国のアートを知る機会が限定されていた。

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香港を象徴するビクトリア・ハーバーのダイナミックな眺望の一部となったM+の建築を手がけたのは、テートモダンと同じヘルツォーク&ド・ムーロン。建物のハーバー側は110m×65mの巨大LEDスクリーンになっている。photography: Kevin Mak © Kevin Mak Courtesy of Herzog & de Meuron

M+は、20世紀以降のアジアのアートを俯瞰するコレクションを構築した、世界初の美術館として2021年11月にオープン。展示総面積17,000㎡超という広大さで、NYのMoMAやロンドンのテートモダンに匹敵する規模や水準を目指している。

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香港の街から次々と撤去されつつあるネオンライトの看板をM+が引き取り展示している。photography: Kevin Mak © Kevin Mak Courtesy of Herzog & de Meuron

展示作品は、絵画、彫刻、インスタレーション、デザイン、建築、マルチメディアなど、多岐にわたっており、あまりにも見どころが多いので1日ではとても回り切れない!

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リードキュレーターが案内する「サウスギャラリー」

今回はM+ビジュアルアート部門リードキュレーターのポーリーン・ヤオに、M+のメインギャラリーのひとつである「サウスギャラリー」を案内してもらいつつ、M+の楽しみ方を聞いた。

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ポーリーン・ヤオ
M+ ビジュアルアート部門リードキュレーター。米国生まれ。サンフランシスコ アジア美術館の中国美術キュレーターを務めた後、北京で中国のコンテンポラリーアートを専門にする独立キュレーターとして活躍。2012年より香港でM+の開館準備チームに参加。
photography: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of M+ 

「M+には、10年以上の歳月をかけて収集した数千点のコレクションがあり、常設展示では、テーマに沿ってピックアップした一部の作品を展示しています。サウスギャラリーの現テーマは、アジアでのアートの発展を取り上げる『Individuals, Networks, Expressions(個人、つながり、表現)』で、8つの展示室で構成しています」とヤオ。

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墨で描くコンテンポラリーな抽象画

書道が盛んな日本では、誰もが小学生の頃、墨を扱った経験があるもの。一方、中国の伝統美術と言えば、幽玄な風景を描いた水墨画のイメージがあるはず。

「最初の展示室では、アジアのアートにとって常に始点となる墨を使ったコンテンポラリーアートを集めました。1950年以降、アジア各地のアーティストは、当時の西洋美術界を席巻していた抽象画を、墨で描くことに興味を持ち、伝統をアップデートしようと試みていました」

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サウスギャラリー最初の展示室。左側には線と動き、ジェスチャーを軸にして伝統の書道をアップデートした作品、右側には伝統的な風景画を抽象画へと昇華させた作品を集めている。photography: Miyako Kai

この部屋だけでも香港、中国、日本、台湾、パキスタン、そしてギャラリー全体では、さらに韓国、フィリピン、タイ、インドなど、アジア全域のアーティストの作品が展示されている。

中でも、日本のアーティストやムーブメントが、アジアの美術史やデザイン史で非常に重要な地位を占めていることは、M+全体から伝わってくる。日本のアートのアジアでの位置付けを外からの視点で改めて見ることは、とても新鮮な体験になるはず!

たとえば、サウスギャラリーで最初に目を奪われるのは、線の芸術家と呼ばれた比田井南谷の書『作品』(1964年)。「巨大な筆を使って床で書くパフォーマンスで描かれたもので、これだけの大きさの書は、当時世界的にも珍しかったのです」とヤオ。

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『シエナ広場』1951年 油絵。1921年に北京で生まれた趙無極は、伝統の中国画を学んだ後パリに移住し、東西融合のスタイルを確立。photography: Miyako Kai

同じ空間に、70年代に香港で起きていた繊細な抽象的水墨画のムーブメントや、中国絵画を学び20世紀初頭にパリに移民した趙無極(Zao Wou Ki)が遠近法と抽象概念を取り入れて描いた、東西融合の風景画など、それぞれの作品にストーリーがあり、まさにアジアを俯瞰した視点で作品が揃えられている!

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圧巻のGUTAIからアイデンティティの揺らぎまで

抽象画になってもどこか静謐さを保つ墨絵の次には、アバンギャルドな爆発的エネルギーに満ちた、日本の前衛アーティスト集団GUTAI(具体美術協会)の絵画や写真が並び、そのワイルドさには圧倒されてしまう。その奥には同時代の香港でムーブメントになっていた、内向的でスピリチュアルな絵画が展示されていて、絶妙なコントラストを生み出している。

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右が具体を代表する白髪一雄が足と爪を使って描いた『Red III』(1954年)、左が山崎鶴子、中央奥に見えるのが、香港の韓志動(Hon Chi-fun)による『Chasm Forever』(1971年)。photography: Miyako Kai

アジアに生まれ育った人間が、人生の何らかの段階を欧米で過ごせば、必ずカルチャーショックを体験するもの。望郷、孤独、言語や文化の壁、複数文化をまたがるアイデンティティの揺らぎなどを、移民したアーティストたちが新天地での心境を描いたさまざまな作品を集めた展示「Diaspora(離散)」も、国際都市・香港の美術館ならではの内容で、海外経験のある人は共感してしまうはず。

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6歳で米国に移住したデイビッド・ディアオが、幼い頃住んでいた四川省の自宅を懐かしみ、記憶を元に設計図、証書、表札などをそれぞれ描いた26枚の絵画『DaHen Li cycle』 (2007~2011) の一部。記憶とは断片的に残るものであることが表現されている。photography: Miyako Kai

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海を眺める窓からの光と影も、展示空間を引き立てる。photography: Miyako Kai

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人気が高い、体験する展示

M+では、作品を観るだけでない、参加型展示も多数用意されている。
「開館以来、常に高い人気を誇っているのが、台湾の李明維(Lee Mingwei)によるThe Letter Writing Project(1998)。美術館の静かな環境の中で、大切な人に日頃伝えられていない気持ちを手紙に綴ることで、温かい気持ちを共有してもらいたいです」

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The Letter Writing Project(1998)内には、カウンターやちゃぶ台などの机が置かれており、瞑想する時と同じ体勢で、手紙を書けるようにデザインされている。© Lee Mingwei photography: Lok Cheng and Dan Leung, M+

サウスギャラリーの展示は、2023年末から別テーマに切り替わるそうなので、まずは年内に一度は訪れてほしい!

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一度では見切れない多数のギャラリー

M+には、ほかにもさまざまなギャラリーがある。

アジア全体でのアート発展の流れをゆったりと見せるサウスギャラリーと対照的に、中国のコンテンポラリーアートを徹底的に見せる「M+ SIGGコレクション」も、ヤオがキュレーションに関わっている。

「中国が文化大革命から経済再生、都市化、グローバリゼーションと激しく変化した1970年代からの40年間に起きた、あらゆるアーティストやムーブメントが網羅されている。ここで気になる作品を見つけたら、ぜひ今後もそのアーティストの作品をフォローしてみてほしい」

1510点にもおよぶコレクションは、スイス人コレクターのウリ・シグがM+に寄贈したもの。世界的な有名作家の作品も多数展示されている。中国の複雑な政治状況の中で、アーティストがどのようにアートの表現をしてきたかについての解説も、とても踏み込んだ内容で興味をそそられるはず。

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1990年代に、中国のコンテンポラリーアートが国際的に知らしめたのが、政治的なプロパガンダとポップカルチャーを組み合わせた「ポリティカルポップ」。photography: Miyako Kai

アジアの現代デザインと建築を集めたイーストギャラリーを手がけたのは、M+のデザイン建築部門のリードキュレーターで、フィガロジャポンのBusiness with Attitude アワード2022を受賞した横山いくこ。彼女に聞いたその見どころについては、ぜひこちらの記事を参照してほしい。

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日本のデザインでも有名なものだけでなく、1992年に逝去した天才家具デザイナー大橋晃朗のソファなど、歴史に埋もれてしまったアーティストの作品もM+で見ることができる。photography: Miyako Kai

そのほかにも、香港の文化や歴史をダイナミックな視点で見せてくれるM+ならではの収蔵品の展示があるほか、国際的にホットなアーティストの特別展示も、特筆すべきものばかり。

2023年4月末までは、アメリカ人アーティスト、ビープルによるメタバース内に生まれた人類一号というビデオ彫刻の「HUMAN ONE(2021)」、そして5月14日までは草間彌生の1945年から現在までの200点以上の絵画、彫刻やインスタレーションを展示する「Yayoi Kusama: 1945 to Now」が開催中。展示の情報については、常にM+のウェブサイトで確認を。

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『Beeple: Human One(2021)』。3Dの仮想現実の風景の中で、ひたすら歩き続ける宇宙服の男は、あまりにリアルで、箱から飛び出しそうな迫力がある。photography: Miyako Kai

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M+開館1周年を記念して開催された「Yayoi Kusama: 1945 to Now」は香港で大きな話題になり、車内まで水玉で埋め尽くされた地下鉄の特別車両も走った。左: 雲 (2019)、右: 自己消滅 (1966-1974) photography: Miyako Kai

 


M+
West Kowloon Cultural District, 38 Museum Drive, Kowloon, Hong Kong
https://www.mplus.org.hk/en/
 

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M+の後に行きたい
超絶人気のモダンコリアン-MOSU Hong Kong

M+がある西九龍文化地区には、美しいハーバービューが自慢の多数のカフェやレストランがある。その中でも香港でトップクラスの人気を誇るレストランが、M+の3階にある「モス」。

韓国ソウルでミシュラン三つ星を取得したモスの香港店であり、シェフのソン・アンが祖母の料理と、日本を含む多文化からの料理の影響を融合させた繊細でアーティスティックな料理が、香港で爆発的な人気を呼んでいる。予約至難なことでも知られているので、旅程が決まったら、ウェブサイトから即予約を入れて。

代表的な料理のひとつが「アワビのタルト」。韓国のワンド群で獲れたアワビを炭火焼きし、湯葉とシソで作ったタコス風のシェルに挟んでいただく。新鮮なアワビならではの歯ごたえと、海洋生物の楽園であるワンド群からの潮の香りをじっくりと味わいたい。

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韓国海苔の名産地でもあるワンドの海の幸を生かした「アワビのタルト」。photography: Lai Sun Dining

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炒った白ゴマと海水豆腐で作った小籠包風の中にウニを詰めた「白胡麻」。photography: Lai Sun Dining

 


MOSU Hong Kong 
3/F, M+ Tower, West Kowloon Cultural District, 38 Museum Drive, Kowloon, Hong Kong 
https://hk.restaurantmosu.com/
 
取材協力: 香港政府観光局 http://www.DiscoverHongKong.com

text: Miyako Kai

2006年より香港在住のジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、英国人と結婚し、ヨーロッパ、東京、そして香港へ。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港とマカオの情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。

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