ひとつの場所にたどり着けば、またその次の場所が視野に入ります。
昨今「旅行」と言えば、あらかじめ行き先を決めておいて、その目的地に行って、帰ってくることがほとんどですが、この時期の遠出はおそらく、明確な「最終目的地」はなく、行った先でまた次の場所が決まり、どんどん旅が「延伸していく」ことになるでしょう。
出かけていった先でしか、本当の最終目的地はわかりません。
知的活動やコミュニケーションにも、このことが当てはまります。
この時期の勉強や対話には、常に「延伸」があります。そこからどんどん延びていく「先」があります。
相手の時間を搾取しないよう、話を早く切り上げるのがマナー、という考えもよく聞かれますが、少なくともこの時期は、「その先に延ばす」ことに大きな意義があるようです。




