Culture 連載
Dance & Dancers
身体性に着目するか、メッセージに心を預けるか。現代ダンス、異なるふたつの表情『Trip Triptych』『サルヴズ』
Dance & Dancers
今回ご紹介したいのは、異なる視点のダンス公演ふたつ。
印象派の三人の音楽家に挑んだ平山素子・三部作『Trip Triptych』、そして社会への深いまなざしで演劇とダンスの両分野に多大な影響を与えてきたマギー・マランの『サルヴズ』。
前者は、超越した身体性を用いた表現という意味でのダンス。後者は身体を媒介としたメッセージ、表現、としてのダンス。好みは分かれるところだと思うけれど。
■印象派の音楽に振付。平山素子・振付『Trip Triptych』
モーリス・ラヴェル、クロード・ドビュッシー、エリック・サティ。どちらかというと"イメージ&振付先行"で作品創りを行うことが多かったという平山素子氏が、今回は"音楽先行"、しかも印象派の音楽に挑む。絵画から始まった印象派の運動は、音楽の世界ではそれまでにない価値観を提起するものとして広がりを見せた。だから今回の三人の作曲家も、これが印象派風、と、ひとくくりにはできない。それぞれが、まったく異なる独自の世界を持っているから。「なので、音によって場面を分ける、わかりやすいストーリーを創ることは考えませんでした。まずは、ミックスジュースのように音を並べていきました」。インスピレーションの源になったのは、ジョルジュ・スーラの絵画『グランドジャット島の日曜日の午後』。「ぼんやり、ふんわりした描写ながら、当時の人々は自然の中に芸術性を感じていたのでは?と想像させられます。私にとって"印象派"とはアウトドアのイメージ」。無関係に絵画の中に存在しながらも、ひとりひとりにストーリーを感じさせる人物らも、振付のエッセンスになった。「登場するダンサーたちは、風や水と自由に戯れあいながら、光の中へ、心の外へ外へと旅していくんです」。 Triptychとは3枚で完成する絵画のこと。三人の音楽家の世界をTrip=旅で繋げて、この作品はひとつに完成されるのだ。
『ボレロ』リハーサル中の平山素子氏。
■人気&注目の10人のダンサーが結集
そして、今回この作品に集まったダンサーの顔ぶれが、今の日本のコンテンポラリーダンス界をリードする面々から気鋭の若手まで多彩かつゴージャス。個性豊かな実力派たちは、スパイシーな登場人物像として存在感たっぷり。「それぞれの個性が生きるよう動きや構成を考え、ある程度彼らに自由度を持たせながら、私好みの"味つけ"(笑)を加えている、といったところでしょうか。個性豊かなキャラクターの、登場の仕方、料理で言えばお皿に載せてテーブルに出す、その瞬間を私が演出している感じです。優れたダンサーたちに出会うと、いちいち考え込まなくても、ジュースがこぼれるようにアイディアや振付が溢れてくる。私はそれをコントロールするだけ」。約11の小曲からなるダンスシーンでは男女のデュオや、小道具を用いたコミカルなシーン、群舞、ソロなどが息つく間もなく情景を繋いでいく。
リハーサルより。左から、原田みのる、青木尚哉、西山友貴、高原伸子。
■さらに!平山素子のボレロ、そしてノクターンで魅せるデュオ
中でも今回、平山氏自身がラヴェルの"ボレロ"にソロで挑むというからこれは見逃すわけにはいかない。巨匠たちの名作もあるボレロ。周囲の空気を掴みとりながら自己を増幅させていくような平山氏の身体性は、そこにどんな新たな世界観を切り取って見せるのか。・・・さらに、個人的に楽しみでならないのは、アレッシオ・シルヴェストリン氏と平山氏がサティの"ノクターン"でデュオを踊るという話!! 「非常に美しい曲です。自ら作曲も行うアレッシオも、この曲の魅力には注目していて、ぜひ踊ってみたい、と。私と彼は身体の動かし方に違うシステムを用いているようで、ふたりで踊っているといろいろな発見があって、とても刺激的です」。フォーサイスのもとで活躍し、今は日本をベースに振付家としても注目されているアレッシォ氏。振付家としてもダンサーとしても、平山氏とはまったく違う世界観を感じる同氏だけに、ふたりのコンビネーションは想像が難しい。それだけに、妄想と期待がどうしても膨らんでいく・・・!! 「今、私はダンサーたちと共に、水をめぐる旅をしている途中です」──約11曲の振付もそろそろ仕上げ段階に入ったインタビューのこの日、平山氏はそう言った。ダンサーたちの身体を通して私たち観客は、どんな物語を旅することになるのだろう。
平山素子(ひらやま・もとこ)
ダンサー、振付家。静謐さと昂揚を自在に奏でるダンサーとして観客の熱い支持を集め、近年は振付家としての評価も高い。朝日舞台芸術賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、江口隆哉賞を受賞。美術家や音楽家との共演による作品を積極的に発表するほか、無重力空間でのダンス実験にも参加するなど、洗練されつつも開拓心を失わないアーティストとして日本のダンス界をリードする。筑波大学体育系准教授。photo:白鳥慎太郎
●~フランス印象派ダンス~Trip Triptych
演出・振付:平山素子
出演:高原伸子、西山友貴、福谷葉子、青木尚哉、アレッシオ・シルヴェストリン、小㞍健太、原田みのる、平原慎太郎、宝満直也(新国立劇場バレエ団)、平山素子
東京公演
会場:新国立劇場 中劇場
日程:6月7日(金)19時~、8日(土)15時~、9日(日)15時~
料金:A席\5,250、B席\3,150、Z席\1,500
問い合わせ先:新国立劇場ボックスオフィス Tel.03-5352-9999
http://nntt.pia.jp
愛知公演
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
日程:6月15日(土)15時30分~
料金:一般¥4,000、24歳以下¥2,000、高校生以下¥1,000
問い合わせ先:プラットチケットセンター Tel.0532-39-8810
www.toyohashi-at.jp
■ダンスは、視野を広げる芸術。マギー・マラン『サルヴズ』
舞台を通して、歴史や社会に対する疑問を投げかけたい──そう語るマギー・マランは、80年代以降、衝撃的な作品の数々を世に送り出してきた。その表現は、踊りという表現方法を主体にしたものと言うよりは、空間と身体で構成されるメッセージ、と言ったほうが適切だろう(でも広い意味では舞踊表現って、そういうものだとも思うんだけれど)。ゆえに、超絶技巧を駆使しながら動き回るカラダ、それこそダンスだ!!と思う人には不満もあるかも知れない。が、マギー・マランは幼いころからバレエを学び、ストラスブールでバレエ団員として踊った後に1970年にルードラ・ベジャール・ローザンヌヘ入学、72年から数年間は同カンパニーの団員として活躍した経緯も持つ、振付家である。
■絶望へ向かう世界への怒りを爆発させた、最新作の日本初上陸
『サルヴズ』とは、フランス語で"祝砲""一斉射撃"などの意味を持つ言葉。舞台美術にはピカソやゴヤ、ドラクロワらの絵画から戦争や殺戮、血を連想される作品のレプリカ、破壊される"自由の女神"像、ヘリコプター、などが象徴的に使われる。この世界に満ちている、狂気めいたスピードという暴力。世界が頭に吹き込んでくる怒りの想いを創造の基本にしたこの作品は、2010年にフランスで初演され、衝撃的な話題作となった。これまでにも、老いや美醜、政治的問題などなど、人間や社会の矛盾、残酷さ、悲劇といった、人が目を背けたがる暗い一面にあえて眼を向けることで、世界に疑問を投げかけようと試みてきた彼女の、最新作の日本上陸である。
photo:Didier Grappe
■言葉を超えて語りかける身体
楽しい音楽に乗せて繰り広げられる華やかなダンスシーン、研ぎ澄まされた身体が魅せる詩のような美しさ。身体芸術が私たち観客に提示してくれるのは、そうした美の世界だけではない。いま、自分たちが生きている世界に対する"ある思い"を共有するために、身体が用いられることもあるのだ。
ことに情報がスピード化・記号化された現代社会では、言葉が真実の想いを隠したり欺いたりすることもあるだろう。そうした言葉を超えるために、身体が用いられることもある。
ダンスを通して、自分たちが生きている世界を改めて見つめ直す。観る文学・思想という側面も、舞踊という表現にはあるのだと思う。ダンスを通して、新たな世界へと視野を広げたい人には、こんな公演が刺激的かもしれない。
photo:Jean-Pierre Maurin
マギー・マラン
フランス、トゥールーズのコンセルヴァトワールでバレエを学び、モーリス・ベジャールのバレエ学校、ムードラ・ベジャール・ローザンヌを経てベジャール率いる20世紀バレエ団に参加。1977年、ニオン舞踊コンクール優勝、同年より自身のカンパニー活動を開始。翌78年にはバニョレ国際振付コンクールにて優勝。1981年『メイ・ビー』を皮切りに衝撃的な作品の数々を発表。日本でも話題を呼んだ『サロンドリヨン(シンデレラ)』『コッペリア』をはじめ、パリ・オペラ座バレエ団、オランダ国立バレエ団、ネザーランド・ダンス・シアターなどにも作品を提供している。photo:Michel Cavalca
●サルヴズ
演出・振付:マギー・マラン
出演:カンパニー・マギー・マラン
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
日程:6月15日(土)15時~、16日(日)15時~
料金:S席\5,000、A席\3,500
問い合わせ先:彩の国さいたま芸術劇場Tel.0570-064-939(休館日を除く10時~19時)
www.saf.or.jp