Culture 連載

きょうもシネマ日和

9.11で最愛の父を亡くした少年が自ら切り開いた奇跡の旅
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

きょうもシネマ日和

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先日、朝のTV番組で、昨年の3.11により被災し家族を亡くした中高生の作文コンクールの模様が流れていた。
彼らは、以前から邁進していたスポーツに改めて情熱を傾けることで、残された家族や仲間との絆を感じ、また亡くなった家族に対しても恥じない自分でいられるよう必死に自分自身と向き合ってきた、その心の課程を率直に原稿用紙に綴っていた。

震災直後、今回のことで親を亡くした子どもたちはどんな気持ちでいるのだろう・・・と考えずにはいられなかったけれど、想像すればするほど勝手にオロオロしてしまって、考えるのを止めるしかなかった。TVの中の彼らはそんな情けない私をよそに大きな一歩を踏み出していた。

あの日以来、何となく私の心の中には、人は喪失感をどのように埋めていくのだろう・・・という漠然とした問いがずっとある。

そんな私にとって、本作との出会いは貴重だった。


120210mic_02.jpgオールNYロケ。人々は撮影に協力的でジョナサンの原作もほとんどの人が知っていたといか。

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、2005年に発表され、「9.11文学の金字塔」と評されたジョナサン・サフラン・ フォアによるベストセラー小説の映画化だ。

主人公のオスカーは、利発だが知らない人と話すのが苦手な男の子。父親はそんな彼の弱点を克服させようと、彼をワクワクさせるような冒険を企てては他人と接触させようとした。オスカーはそんな父親が大好きだった。

しかし、2001年9月11日の同時多発テロにより父は帰らぬ人となる。
父親の死を受け入れることができないオスカーは、偶然父の部屋で見つけた"ブラック"と書かれた袋に入った"鍵"を見つける。オスカーはこの鍵の"穴"を探そうとNY中を歩き回ることになるのだが・・・。


120210mic_03.jpgオスカーとのやり取りを楽しむ父親。家族のために自身の夢は捨てて宝石の仕事に就いている。

必死に父親の手がかりを探ろうとするオスカーの周りには、最愛の夫を亡くした哀しみを隠せない母親、オスカーの拠り所(親友のよう!?)である祖母、途中から鍵の穴探しに参加する謎の老人、彼らが住む家の番人がいる。オスカーはその彼らと時に対立し、時には寄り添い、そして誰よりも自分自身の中でもがいていた。

私は、父親を亡くしたばかりの少年と話したことはないので、オスカーのすべての振る舞いがあまりにリアルで・・・と感じるのもおかしいのかもしれないけれど、でもやっぱりリアルで、彼の畏れや寂しさ、愛情、優しさ、そして時にヒステリックになってしまうことなど、そのしぐさや言動が心にヒリヒリと伝わってくる。


120210mic_04.jpg利発なのだが、繊細な感性と独特の見方をする男の子。アスペルガー症候群の検査を受けるも"不確定"。


監督は、原作を読み9.11で親を失った3000人の子どもたちが体験した極めて特殊なトラウマとどうやって立ち直ろうかとしたかについて知るべく、異なる分野の数多くの専門家に意見を聞いたのだという。

監督曰く「オスカーのような子どもたちが、9.11のあとで、日々を年月をどのように過ごしてきたかをより理解したかったんだ。彼らの心がどのように癒されていったか、あるいは、時にはまだ癒されていない場合もあるだろう。そういうことを学びながら、同時にエリック・ロスと脚本を練り上げていったんだ」

エリック・ロスとは『フォレストガンプ/一期一会』『ベンジャミンバトン~数奇な人生』などアカデミー賞ノミネートの常連でもある脚本家だ。


120210mic_05.jpgNYでの"鍵の穴"探しに、途中からは向かいのアパートの"間借り人"が参加することに。この間借り人は一体誰なのか・・・。

頑なに父との繋がりだけを求めてきた少年が、さまざまな人々との関わりあいの中で、他者や自分自身と向き合うことができるようになっていく・・・いろいろなテーマが絡み合った原作とは趣を変え、映画ならではのストーリーの中からも、私たちはいくつものメッセージを受け取ることができるだろう。

オスカーの父親役を演じたのは、トム・ハンクス。そして母親にはサンドラ・ブロック。また少年とともにNYの街で鍵穴探しをする謎の老人には、名優マックス・フォン・シドー。言葉をいっさい話さず、動きと表情だけで作品に深みを与え、本年度アカデミー助演男優賞にノミネートされている。ほかにも、ビオラ・デイビス、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライトと錚々たる顔ぶれ。


120210mic_06.jpgトム・ハンクスとサンドラ・ブロック。ふたりとも何度もアカデミーにノミネートされオスカーを手にしている。今回は主演ではないポジションで、大きな存在感を放つ。

120210mic_07.jpg名優マックス・フォン・シドー。イングマール・ベルイマン作品に多数出演。1987年『ペレ』以来、2度目のアカデミーノミネート。

そんな中、誰にもひけを取らずに少年オスカーを演じきったのは、映画(演技)経験まったくなしのトーマス・ホーン。監督はもちろん、トム・ハンクスやサンドラ・ブロックも彼の演技を絶賛したという。

少年オスカーがラストに体験したことは、私には(別の意味でオスカー自身にも)予測できないものだった。ただ、人は生きているかぎり前へ進めるのだということ。そのためには、きっとたくさんの人が手を貸してくれるであろうこと。言葉にすると安っぽくて陳腐だけれど、その事に改めて気づけたことで、私の心には小さな希望の光が灯ったように思う。(見ていた時は、それどころじゃなくて涙ぽろぽろだったけれど・・・)


120210mic_08.jpgオスカーを演じたトーマス・ホーン。監督が、あるクイズ番組に出演しているトーマスを見てピンと来たのだとか。監督すごい!
©2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

9.11、3.11、世の中にはほかにもたくさんの悲劇が起こり続けている。残された人間はどう生きていけばよいのか・・・なんて答えの出ない問題だけれど、少なくとも私は、本作のおかげで、きっと誰もが一歩前に進めるのだという、時には疑いたくなる希望を、素直に信じてみようと、そう思える作品だった。


『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
●監督/スティーブン・ダルドリー
●出演/トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、トーマス・ホーン、マックス・フォン・シドー、ビオラ・デイビス、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライト
●2011年、アメリカ映画
●配給/ワーナー・ブラザース映画
●129分
2月18日(土)より、丸の内ピカデリー(Tel. 03-3201-2881)ほかにて公開。
http://wwws.warnerbros.co.jp/extremelyloudandincrediblyclose/index.html
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