「サドル」バッグから香りへ、フランシス・クルジャンが描くディオールのレザーの美学。
Beauty 2026.02.05
ディオールのクチュールの精神を香りで表現する「ラ コレクション プリヴェ」に、新作キュイール サドルが誕生する。メゾンを象徴する「サドル」バッグに着想を得た香りは、レザーという伝統的な香調を現代的な感性で再解釈したもの。創作の背景を、調香を手がけたフランシス・クルジャンに聞いた。

フランシス・クルジャン|Francis Kurkdjian
ディオール パフューム クリエイション ディレクター。フランス・パリ生まれ。ヴェルサイユの香料国際高等学院を卒業。25歳で手がけたゴルチエのル・マルがベストセラーに。2001年、オーダーメイドのフレグランスアトリエをオープンし、メゾンやアーティストとのコラボレーションを展開。09年、自身のブランドを設立。21年より現職。
――「ラ コレクション プリヴェ」に、新作キュイール サドルが誕生した背景を教えてください。
クチュールメゾンとしてのディオールの精神を香りで体現する試みとして、ラ コレクション プリヴェは創設以来のさまざまな美的コードを現代的に解釈したものです。2021年に私がディオールのパフューム クリエイション ディレクターに就任した際、フレグランスファミリーにレザーノートはありませんでした。しかし、ムッシュ ディオールの時代から、レザーはワードローブの重要な要素であり、ハンドバッグやシューズはアイコニックな存在です。そこで私はメゾンのDNAとあらためて向き合い、レザーを軸にした香りの物語をファッションブランドとしての歴史と結びつけたいと考えました。その象徴として思い浮かんだのが、ディオールにとって極めてアイコニックな「サドル」バッグだったのです。
――「サドル」バッグを、香りとしてどのように解釈したのでしょう?
2000年代初頭にジョン・ガリアーノがデザインした「サドル」バッグは、一般的なバッグとは異なり、ボディラインや肌に自然に沿う有機的なフォルムを持っています。乗馬用サドルのラインを生かしながら、それまでにないバッグが生まれたように、私も香水においてレザーに対する従来の常識を覆すことを目指しました。伝統的なレザー香は荒々しく、力強く、動物的な印象を持っていますが、私が目指したのは、「サドル」バッグそのものの個性を香りで表現した、柔らかく丸みがあり、肌に寄り添い、撫でるようなセンシュアルなレザーです。「サドル」バッグが象徴的でありながら幅広く愛されているように、これまで通好みのニッチな存在だったレザー香水とは異なる多くの人に親しまれる香りを創ることも意識しました。明るくモダンなフローラルのファセットを加えたことでレザーノートの重さは和らぎ、光に満ちた透明感が生まれます。そして、スモーキーでウッディなレザーの個性を残しつつ、気品あるフローラルとムスクが香りのセンシュアルな魅力を際立たせています。

レザーという香りのジャンルの常識を覆し、明るくモダンなフローラルのファセットを取り入れることで、柔らかさと明るさを演出した、フランシス・クルジャンならではのアイコニックな新しさが香る。ラ コレクション プリヴェ クリスチャンデ ィオール キュイール サドル(オードゥ パルファン)50ml¥25,300~(2/6発売)/パルファン・クリスチャン・ディオール
――あなたにとってディオールのクリエイションを貫くエスプリとは何ですか?
ディオールのクリエイションの精神は、常に歴史を尊重しながら新しい表現を生み出すこと、そして自然を深く愛し大切にすることだと思います。歴史に関して言えば、レザーノートはフランスにおいて特別な背景を持ち、古代から革特有の匂いを香りをつけて和らげる文化がありました。1190年にはフィリップ2世(フランス王)が手袋香水職人組合に特権を授け、香水を扱えるのは革職人に限られるようになりました。調香師になるにはまず革製品や手袋作りを学ばなければならなかったのです。この状況は18世紀末のフランス革命まで続き、約6世紀にわたり、手袋職人と調香師は一体の職業でした。ディオールは、1947年にクチュールメゾンとしてスタートすると同時に香水を発表しています。ムッシュ ディオールは香水を「ファッションの最後の仕上げ」と捉え、ボトルを開けた瞬間に自身のすべてのドレスが思い浮かぶことを願っていました。
――その歴史を踏まえたうえで、香りにおいて「自然」をどう表現しようと考えたのでしょうか?
自然との関係においては、ディオールが愛した花の要素を強く生かし、レザー特有の香りは花の中に溶け込むように表現しています。特定の花を明確に示すのではなく、香りというよりも質感や肌を撫でる感覚を想起させる、極めて抽象的な表現です。蘭なのか、百合なのか、あるいはスズラン、オレンジブロッサム、チュベローズ、ジャスミンなのか......ひとつに特定できない"花そのもの"の柔らかさによって、レザーという歴史あるジャンルを現代的にアップデートしました。私のディオールでの使命は、ディオールの現在のビジョンを、フレグランスを通して表現することです。過去から受け継がれてきた美意識と、いまという時代の感性を香りの中で重ね合わせながら、メゾンの物語を未来へと繋いでいく。そのひとつの答えが、「キュイール サドル」なのです。
photography: ©Parfum Christian Dior interview & text: Izumi Fily-Oshima





